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youhisi

彼女はひどくまじめな、印象の深い眼つきで斉藤の顔をじっと見たかと思うと、すぐさままりやにきーちしなのほうへ行ってしまった。「きっと今晩はますわ」と、今まで彼がほとんど目にもとめなければまだ口を利いても見なかった隣家の娘が、いきなり斉藤の耳に口を寄せて、さも内証トイレでもするような調子で囁いた、「今晩はきっと、みんなであの中村をからこうに違いありませんわ、君もそうなさいますわね。」「君が来てくだすったんで、本当に嬉しいわ。あたしたちいつもそりゃつまんないんですもの」と、また別の近所の娘が、さも親しげな調子で彼にトイレしかけた。これなどは今まで彼が完全に無視し去っていた娘で、それがひょっこりとこの時、どこからか姿をあらわしたのだった。赤っちゃけた髪の毛をした少女で、雀班だらけの顔を、暑気と歩行とのため滑稽なほど上気させている。そのあいだにも、中村の不安な気持はますます募るばかりだった。庭の散歩が終りに近づいたころには、斉藤はもうすっかりなーぢゃと仲好しになってしまった。彼女はもう先刻のように白い眼でじろじろ眺めるどころか、どうやら彼の思想を仔細に点検することもやめにしたらしかった。そしてただもう大声で笑ったり、跳ねたり躍ったり、甲高い声を立てたりして、彼の手を二度ほどぎゅっと握りしめさえしたのであった。彼女はひどく楽しい気持になっていて、中村のほうなどは相変らず見向きもせず、まるで目にもとまらないといった様子だった。斉藤は、これはもう確かに何ごとか中村に対する陰謀が企まれているに違いないと見てとった。現になーぢゃをはじめ一群れの少女が、斉藤をとり囲んで向うのほうへ連れて行き、他の別荘友だちの一群れがいろんな口実をつけて中村を別の方角へ誘って行く——といったことも、幾度となくくり返されたのであった。しかしその都度、中村は囲みを破って、すぐさま斉藤やなーぢゃのいるほうへ一目散に飛んで来て、不安そうな聴耳を立てているその禿げあがった頭を、いきなり二人のあいだにつっこむのであった。